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2023年、担当書おさらい:編集Lily編


意外とよく働いた。担当書8冊を振り返ってみます。


【Contents:2023年の担当書】



 

『文學の実効 精神に奇跡をもたらす25の発明 アンガス・フレッチャー 著/山田美明 訳 國枝達也 装幀



これはもう、愛する文学へのオマージュ、恩返しのつもりでつくった本。


もとは『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』(ウンベルト・エーコ、ジャン=クロード・カリエール 著/工藤妙子 訳)の担当編集者が本書の版権を取得していたのだけれど、退職するってことで引き継いだ。自分も狙っていたタイトルだったから嬉しかった。


前担当者の『もうすぐ絶滅〜』は小口を青インキで染め上げた美しい本(装幀は松田正行さん)だから、そのイズム? を引き継ぎたい。それが私の決めた編集方針。


装幀は國枝達也さんにお願いした。ラピスラズリのカバー、あまりに端正な本文組版、どこを取っても隙なく美しい本に仕上げてくださった。欲を言えば、小口も染め上げたかったのだけれど、印刷製本費の値上がりで断念。


このご時世、小口を染めるなんてよほどでないと難しいし、なんなら、上製本をつくるのだって大変だ。でも、しかし、本ってそもそもマスに向かいないメディアなんじゃないかというのはずっと思っていることで、いままでなんとなく大部数を刷ってとにかく撒くみたいなビジネスモデルが築かれてきたけど、たぶんもうそれ、今後無理になるので、思い切り美しい本をお金かけてつくる。みたいなほうに回帰しないかな、なんて思ったり。


***


さて内容だが、「世界文学を人類史と脳神経科学で紐解く」というコンセプトで、『イリアス』、『オイディプス王』、『神曲』、『ハムレット』、『羅生門』、『百年の孤独』(文庫化するんだって!)、『ゴッド・ファーザー』など、誰もが認める世界文学の名作を読み解く。


何のこっちゃ? 新手のエセ科学? と思われそうだが、そういうのでは全くない。


著者のアンガス・フレッチャーは、物語研究に関する世界有数の学術シンクタンク《プロジェクト・ナラティブ》の教授。神経科学と文学の学位を持ち、スタンフォードではシェイクスピアを教える。


文学には時代ごとの社会課題や、ムードが反映されることも多い。著者に言わせれば、そうした背景や環境から引き起こされる感情(とりわけ、怒り、悲しみといった負の感情)に作用する仕掛けが、長く読み継がれる文学作品には内在している。その仕掛けは、さながら科学的なイノベーションと同じである。


本書は「勇気を奮い起こす」「恋心を呼び覚ます」「怒りを追い払う」といった、文学が生み出した《25の発明》と、その《25の効果(実効)》を詳述する。


一編の詩が、一冊の本が、私たちの心を癒すとき、私たちの脳内ではどんな変化が起きているのか?


大著ではあるが、性質上、優れた世界文学ガイドにもなっているし、著者自身がまさに「文学の発明」を本書のなかに巧みに忍び込ませながらナラティブしており、読み物として圧倒的におもしろい。一章ごとに読み切れるつくりになっている。




 


『百冊で耕す 〈自由に、なる〉ための読書術 近藤康太郎 著 新井大輔 装幀/ベン・シャーン 装画/朝日新聞メディアプロダクション 校正



『三行で撃つ』と対を成す一冊をつくりたくて、近藤康太郎さんに書き下ろしてもらった。私のなかで最初からコンセプトは決まっていて、今回は真っ黒の本にしたかった。表裏一体。オセロ。


本書をめぐる経緯は以前書いた。→ 近藤康太郎さんのこと:『百冊で耕す』発売の朝に


『三行で撃つ』のときは、近藤さんに初めて会った2日後にはタイトルが降りてきた。そのタイトルに引っ張られて近藤さんはあの本を書いた。でも、今回は難しかった。「撃つ(狩猟)」と対を成し、近藤さんを表すとすると「農」に関する言葉だろう。でも「耕す」ってリズムが悪い。国語辞典にはじまり、類語辞典、古語辞典、ことわざ辞典、故事成語辞典、季語辞典とあらゆる辞典をあらって、タイトル案は300は出した。


で、やっぱり「耕す」だな、と。何だそれ。


結局振り出しに戻るために、言葉を考え尽くす。しかしこの考え尽くす膨大な時間がなかったら、決して「耕す」では納得できなかった。今回のタイトル決めはそういう作業だった。


本書は前著と同じチームでの仕事で、それも嬉しかった。私はいつも、本をつくるチームを召喚するのって「オーシャンズ」みたいだなと思っている。それぞれの道の凄腕ばっか集めてきて、互いの領域を乗り越えることなく「ここは任せといて!」って感じでそれぞれが仕事する。互いへのリスペクトがないと、こういうチームにはならない。近藤さんとは、時にガチの喧嘩になるんだけど、それでもいい関係だと思っている。


秋には、近藤さんに講師になってもらって文章講座を開いた。いまは、一緒に次の本をつくっている。『百冊で耕す』は、朝日新聞東京本社にある銀座堂書店の「銀座堂書店大賞」にも選んでいただいた。




 


『私らしい言葉で話す 自分の軸に自信を持つために SHOWKO 著 TYPEFACE 装幀/中村眞弥子 装画



昨年(2022年)の仕事納めは京都東山だった。アンディ・ウォーホル展を見たあと、銀閣寺の近所にあるSIONEでの打ち合わせ。


SIONEの主宰者で、『私らしい言葉で話す』の著者のSHOWKOさんは京都で330年続く茶陶の窯元「真葛焼」に生まれ、佐賀での陶芸の修行をされたのち、いまは「読む器」をコンセプトにした陶磁器ブランド(SIONE)を手掛けられている。アーティストであり、起業家。


と、それだけ読むと、SIONEはなんだかすごく敷居が高いイメージにならざるを得ないんだけど、お店に行くといい意味で裏切られる。


あの日は、哲学の道沿いを歩いても薄暗くて滅入るばかりの京都らしい寒い日だった。が、SIONEに入るとパアッとした笑顔でSHOWKOさんが出迎えてくれて、冷え切っていたからだに温かさが戻った。事実、繊細な陶磁器にはSHOWKOさんの人懐こさや明るさが意外な姿で共存している。


本の内容について一時間ほど真剣に話し込んだ。外はすでに日が落ち、京町家の中庭は暗く冷たい色を宿した。じゅうぶん話した。SHOWKOさんも私も、おそらく同時にそう感じていた。さて、そろそろお暇を。


「あ、もしよかったら。一杯どうです? 私も仕事納めなんですよ」


SHOWKOさんはそそくさと引っ込むと、またすぐに缶ビールを持って現れた。私たちは、プシュッとやって、缶を掲げた。


「はああああ、めっちゃおいしいわあ!」


と同じような、ビーラーの声を(SHOWKOさんは京言葉で、私は大阪弁で)あげた。


缶のままというのが、すごく良かった。缶のままの鷹揚さ。これは、人に自分を開示することを恐れない人の勇気であり、明るさだ。こうしてビールを飲んだ感覚を、SHOWKOさんの本をつくるときには忘れないでおこうと、私は思った。


***


『私らしい言葉で話す』は自分に自信が持てず、自分の意見を言うことに戸惑いがある方にぜひお読みいただきたい一冊。


他者は他者、自分は自分。多様な価値観を認めながら、自分に自信を持てるようになるためには、意外にも言葉を丁寧に扱うことが助けになる、というコンセプト。なぜなら私たちは、言葉で思考し、言葉で感情を分かち合う生き物だからです。


つまり、言葉を丁寧に使うということは、自分を丁寧に扱うことであり、周りを丁寧に捉えることであり、世界と丁寧に向き合うこと。それでは、日常使う言葉を磨くにはどうすればよいのか? そのための様々な方法を紹介しています。




 


『わっしょい!妊婦』 小野美由紀 著 鈴木成一デザイン室 装幀/杉山真依子 装画+本文カット



編集人生でいちばん笑った本。って、本来笑いごとじゃないし、出産は命懸けだと思わずにはいられないエピソードがたくさん出てくるのだけれど。


私自身は子がいない女だ。友人が妊婦さんになるたび、どうしていいかわからなくなるようなところがある。大事にしなきゃ、助けなきゃ。気持ちばかりがはやるけれども、妊婦さんの「身体が大変」というのが感覚的にわからないので、気持ちとは裏腹に、自分は的外れなことを言ったり、手助けをしたりしているのではないか。そんな戸惑いに駆られてしまう面がある。そういう意味で言えば、妊婦さんのパートナーはもっと途方に暮れてしまうことだらけだろうと推察する。


そうした迷える「妊婦の身体感覚が分からない族」である私に、「妊婦の身体感覚」をこれでもかと教えてくれるのが本書だ。肉体がそのまま喋り出したかのような筆で描き出されるのは、不調がデフォルトの日常、あり得ない食欲、そんな状況でもこなさなければならない「母になる者」として社会的に求められるあれこれ。


本文には欄外にちょいちょい小野さんの夫氏のコメントが入る。夫氏がまたいいキャラで、笑わせにきてるコメントもたくさんあった。私はけっこう残そうとしたのだけれど、小野さんがバッサバッサ切ってきて、笑った。


出生前診断、産む場所の選択、保活……次から次へと乗り越えなければならないハードルに、小野美由紀さんは体当たりでぶつかる。なんなら時には不器用にハードルを薙ぎ倒しながら、憤ったり、傷ついたり、人の優しさに触れたりして、いつも真剣で、その姿に揺さぶられる。


世の母たちは、こんなに大変なのか。妊婦さんのみならず、動くことさえままならない人にとって、社会制度はなんて複雑につくられているのか。四の五の言わずに労わろう。そう思わずにはいられない説得力がある。読み終わるときには自分の母への感謝が湧き上がってきて、笑ったり泣いたりで、ほんとにちょっと大変なことになった。





 


『仕事ができる 具体と抽象が、ビジネスを10割解決する。 谷川祐基 著 杉山健太郎 装幀



著者の谷川祐基さんとの仕事は、これで4冊目。本当に頭のいい方で、彼のロジックには必ず人間の感情が宿っているのがいい。


2冊目につくった『賢さをつくる 頭は良くなる。良くなりたければ』という名著(アマゾンは、レビュー500件超え。星4.4!)があるんですが、それを仕事で生かすことに特化したのが本書。


私、仕事でビジネス書をつくることもあるし、もちろん読むこともあるのだけれど、ことビジネス書に関しては、正直あまりいい読者ではないと思う。


そんななかで、『賢さをつくる』に書かれている「具体」と「抽象」のコントロール技術だけは、自分が日常で実践しているほぼ唯一のメソッドなんですね。企画を立てるときなんかに、『賢さをつくる』の図を使って考えるようにしていて、これは恐らく、あらゆる場面で一生活用すると思う。


『仕事ができる』は、仕事上の課題はすべて「具体」と「抽象」の概念で解決できる、と言い切る本。プレイヤー、マネージャー、リーダー、どの立場の人が読んでもいいし、仕事ができるひとというのは、結局、具体化と抽象化に長けている人であるということがよくわかる。具体的に中を読んでもらったほうが伝わりやすいので、試し読みを置いておきます。





 


『よくよく考え抜いたら、世界はきらめいていた  哲学、挫折博士を救う 関野哲也 著 杉山健太郎 装幀



この本は、つくることができてよかった本。私は、できる限り、私でなければ拾えなかったひとの言葉を拾いたくて、私でなければつくれない本をつくりたいと思っている。そういう意味でも、とてもやりがいがあったし、担当できて光栄な仕事だった。


なぜこの本をつくることになったのか? 詳しいことは、昨日書いたので、お読みください。 →或る本の生まれ方(担当編集者による紹介文)





 


『スウェーデンの80代はありのまま現実的に 老いを暮らす』 マルガレータ・マグヌセン 著/安藤貴子 訳 相原真理子 装幀



かわいい、かわいい、かわいい本。欧州の児童文学みたいな絵(ときどきちょっと怖い)もいい! 著者は「Death Cleaning(終いじたく)」について書いた初の著書が世界的ベストセラーになったスウェーデンのカリスマばあちゃん。そのメソッドはリアリティーショウとして米国でテレビシリーズ化されている。


本書は著者の2冊目で、「自分より長く生きるかもしれない? 自分より若い人たち」に向けて書いた本。年を取ることの心構えを書いたエッセイ集だ。


絵がかわいいから、たくさんあったほうがいいなあ、なんて言ったら、日本語版用に、新たな絵をたくさん描いて送ってきてくださった。それを、装幀の真里ちゃんがちゃんとかわいらしく本文に配置してくれた。



年を取ってからベストセラー作家になる。なーんて、それだけでもめちゃくちゃ夢がある話だけど、80代になってなお、こんなに精力的なのって、素敵すぎる。いつもボーダー柄を着ているのもかわいいし。


本書で私がいいと思ったのは、内容が非常に現実的なこと。プロローグに、


率直で現実的で感情に左右されないというスウェーデン人の国民性を考えると、わたしのアドバイスや気づきは「スウェーデン人らしい」と言える

と、ある通り、ふわふわしたことは一切言わないし、無理して若ぶったりもしない。そして、


一部のスウェーデン人がするように、若さを保つために凍てつく北海に飛び込むとか、長時間サウナに入るとか、はたまた鹿の角をすりつぶして朝食のシリアルに混ぜて食べるといったような話

も、しない。なるほど、これなら今すぐ年齢に関係なく真似できるし、ちょっと楽しくていいなと思うような知恵、たとえば、


  • ペットを飼うのが難しいなら植物を育ててみる

  • 年を取ると、怒りっぽくなるか、流れに身を任せるか。流れに身を任せるほうを取る

  • 髪の手入れだけはちゃんとする(いちばん手っ取り早く若見えするから)


といったものが紹介されていて、確かに年を取ると著者が言う「愛すべき厄介ごと(スウェーデンの慣用句)」が増えるけど、そう悲観しなくても毎日わりと楽しいんじゃないかという気持ちになれるのだ。


自分の機嫌をちゃんと取る。そのための方法は体に不具合が出たときにはとりわけ、そしてそうでない健康な人たちにとっても、しあわせに生きる秘訣だと思う。





 


『ゆるく生きたいのですが 猫みたいに脱力できないあなたへの処方箋 高品孝之 著/川添むつみ イラスト 相原真理子 装幀



書店に行くと、面陳列の1冊目を手に取ってくれた人が多いのがわかる本。というのも、目立つし、デザインもイラストもかわいいんですよ。猫好きのチームでつくりました。


あまり多くはないのだけれど、ときどき無性に心理系の読みものをつくりたくなる。精神科医Tomyさんの『別れに苦しむあなたへ』以来かな。


私自身は、だいぶ大雑把で適当だし、協調性もないので、日頃ストレスを溜めにくいタイプなのだけれど、周囲の大好きな人たちを見渡すと、みんないっぱいいっぱいで大変そうだ。


大変になる理由って何なんだろう? と考えると、それはやっぱり「誠実に生きている」ということに尽きるんじゃないかな、と思った次第。適当にやればええやん! が難しいのだ。


  • いいひとでいなくては

  • がんばらなくては

  • 急いでこなさなくては

  • 自分一人でなんとかしなくては

  • ちゃんとやらなくては


気がつくと、自分の時間なんてなくなるほど、いろんなことに追われてしまう。うまいことリラックスするにはどうすればいいのか? その秘訣を、臨床心理士/公認心理士として、長年人間関係のトラブル解決に当たってきた高品孝之さんに書いていただいたのが本書だ。


それでなくても忙しいのに、じっくり本を読んでる暇なんてない!


そういう方たちにも負担がないよう、気楽に、気になった項目だけサクッと読んでもらえる。それを徹底してつくった。





心をラクにしてくれるフレーズ+イラスト、そして物語仕立ての解説。この3つの要素で構成される30項目で、自分を労わってもらえたら。


じつは忙しいし何かとイライラしがちな年末にこそぴったりの一冊なんだけど、さすがに紹介するのがちょっと遅かったか。



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